V1/Fi103(FZG76)



世界初の巡航ミサイルと言えるV1飛行爆弾は、フェアゲルトゥングスヴァッフェ、即ち「報復兵器」の頭文字から命名されるシリーズの筆頭兵器であり、実用的な性能を発揮し得た秘密兵器であった。
簡便で低コストながら十分なパワーを持つ推進力と安価な機体。
この二つがカタログスペック以上にこの兵器の価値を高いものとした。
その動力とは即ち、1927〜28年にかけて空気力学者パウル・シュミットが発明したシュミット・ダクト=パルス・ジェットであり、ガソリンを燃料として比較的単純なメカニズムで断続的な推力(1秒に10回ほどのサイクル)を発生する。
このパルス・ジェットはそのエンジン筒前面に空気取り込みスクリーン開閉用のフラップを持ち、これの開閉を繰り返すことから独特の音響を放つ。
この音についてはバイクのエンジン音に似たパタパタとかブンブンとか、様々な形容がなされ、そこから「ブンブン爆弾」なるニックネームも生まれている。
このエンジンの重要な欠点として、通常のジェットエンジンのように圧縮機やタービンを使わず、空気圧を利用した方式であるため、時速304km以下では作動しないという点があり、普通の離陸方式が使えないためカタパルト発射か母機からの投下が必須、さらには飛行中の速度調節も不可能であった。
またこの空気圧に依存したエンジンシステムは高高度での性能低下も呼び起こす。具体的には高度2200mあたりから効率が下がり、飛行後30〜45分で何らかのエンジン不調に陥る傾向があった。
ただ、資料によっては常用高度が3000mとしている場合、限界高度が2500mとしている場合等があって、こういった兵器の例に漏れずいまいち真相がはっきりしない。
発射時の問題は傾斜した4.57mの発射台から鍛造製の燃焼室を持つ発射トローリーを用いて加速・発射することで解決された。
トローリーの燃焼室でZストフとTストフという燃料を用いて大量の高圧蒸気を発生、十分な圧力に達した段階でピストンが作動、V1が射出される。
このピストンにガス漏れがしばしば起こり、十分な加速を得られずに墜落するケースも多々あった。
射出が成功した場合、発射後すぐ時速400kmに達して加速上昇、ピストンとトローリーはそのまま落下する。

上昇を始めると、V1の多くのコントロール装置が作動を始める。
マスターコンパスが方向を指示し、飛行中に生じた偏差は二基の圧縮空気タンクからの圧縮空気がマスター・ジャイロスコープに送られ、その空気流量に応じてラダーのサーボモーターが作動、機体を制御する。
水平面の制御では、搭載された大気圧センサーにより高度1000m(射出後約6分)で昇降舵が作動して予定コースに乗せる。
距離測定用のプロペラが機体先端にあり、ギアシステムを介して実際の飛行距離が計算され、あらかじめ決められた飛行距離に達するとラダーと昇降舵をロック、スポイラーが作動して降下を始めると同時に3つある信管のうち2つが作動を開始する。
燃料供給が断たれてエンジンは停止、間もなく目標突入と相成るわけである。

さて、急角度の降下では命中精度が悪く、燃料の残量もまた微妙な影響を与えていたと考えられているが、特筆すべきは信管精度の高さ(※1)である。
これは3つの信管を併用した慎重な信管システムによる。
このうちEIAZ106電気撃発信管は30Vバッテリーと飛行距離測定器と連動、飛行後64kmで作動を開始。衝突時に先端部の圧力板の衝撃で爆発する。
角度が浅く、胴体着陸となった場合には機体下面の圧力スイッチが作動、この2つが失敗した場合は信管内の急速減速による慣性開閉スイッチが作動する。
また電気系統の破損に備えてバッテリー作動の蓄電コンデンサ回路も用意され、簡単な振動開閉機式の機械式信管AZA80、発射時にワイヤが抜かれ、飛行後約10分で作動するZZB17B時計式時限信管は遅延時限信管となっていて作動時間は2時間以内。これらが撃発信管の不発時にリカバーを果たす。
このような何重もの信管システムがV1の信管精度を驚くべき物としていたのである。

エンジンと並んでこの機体のもう1つの価値である機体の安価さは軟鋼製の機体、後には木製となる翼など、簡潔でお手軽な大量生産向け機体設計から来ており、多少の工作のズレによる重量増加も大して問題にはならない。
また部品生産はドイツ全土の広きに渡り、組み立てに関しても同様であった。
これらの要素がV1を大量生産向け兵器とし、高級・精緻な兵器システムであるV2とは根本的に異なる体系を成していたのである。
しかしながらフォルクスワーゲン工場製の機体に欠陥が発見され、数百のコンポーネントがスクラップになり、ペーネミュンデ内に新編成された対空連隊155(w)への配備が遅れるなどといったことも起こっている。
生産がようやく軌道に乗り始めたのが1944年、一発の生産に延べ900時間、50の組み立て工程を要したが10月には月産8000発に達し、同年中に12000発が実戦可能となるなど、V1の大量生産向け兵器としての性格が発揮されていったのである。
その後、翌1945年1月から4月にかけ、10000発近くが生産されたのである。

さて、この兵器の開発と実践の経過を遡る。1933年頃にはフィーゼラー社から提案されたこの有効な飛行爆弾には誰も興味を示さなかったのだが、1938年頃に空軍省はパルス・ジェットの研究を開始するとともにアルグス社に開発を要求する。
アルグス社は推力300kgのパルス・ジェットを完成させ、ペーネミュンデで実験が行われ、先にあげた簡便・有効な兵器としての観点から陸・空軍ともに大きな感心を寄せることとなった。
空軍がフィーゼラー社に着たい開発を命じ、同社技師長のルーサーが早速構想を提示、1942年6月19日に正式に開発が開始されることとなった。
当初、開発の目的は秘匿され、FZG76=フラックツィール・ゲレト76(飛行標的装置76)と表向きは対空標的機とされていた。
フィーゼラー社での呼称はFi103。後、イギリスでは蟻地獄の呼び名がつけられる。
初飛行は1942年12月に実施され、この時丁度、1t爆弾にエンジンや翼をつけた格好で、簡潔な形態は既に完成していた。
1943年に軍での研究、調査が行われ、その後、ロンドン攻撃用ミサイルとしての性格がヒトラーにより与えられ、ドイツ各地でV1の生産は進められることとなる。
1943年8月に前述の対空連隊155(w)が編成され、初期生産のV1が実験と訓練に使用された。
同年12月、空軍次官ミルヒ元帥は巨大な発射基地を以てロンドンに爆弾の雨を降らせようと企画するが、連隊指揮のフォン・アクセレム中将はかような巨大施設は連合軍側の空爆により必ず破壊される(※2)と指摘、簡便かつ迅速な組み立てによりゲリラ的な運用を可能とする移動発射場を提案、カタパルト式発射台が多数製造された。
この案の成功により、事前にV1の情報を得た連合軍側が必死に爆撃を行ったにもかかわらず、約半数が作戦を実行可能な状態となった。
また、He111の胴体に懸架する方式も取り入れられ、空中発射実験も成功した。
1943年12月13日、対空連隊155(w)はフランスに展開。だが、発射前に連合軍の爆撃によりかなりの被害を被る事となる。
1944年の6月にノルマンディ上陸作戦が行われ、ここにヒトラーはV1による報復攻撃を決定。
史上初の巡航ミサイル攻撃は同年同月13日午前4時30分、遂に開始される。
発射された15発のうち5発は墜落、他も海峡を越えられないか田舎に落下するなどして上手くロンドンに向かったのは2発。
ケント州の砂丘で敵機の侵入を警戒していた防空観測員二人、パタパタと音を立てながら断続的な炎を引いて飛ぶ謎の新兵器を眼中にするや新兵器出現を意味する「ダイバー!ダイバー!」を電話に叫び、その通報曰く
「飛行物体、高度1200m、時速460kmでロンドンへ向かった」
と。

その後も攻撃は続くが、イギリス側も危機感を抱き、367門の重砲、576門の対空砲、560丁の軽火器をロンドン市内に集中配備するなど対策を練った。
結局、7月中旬までに連隊は7000発を発射、3300発が到達して内、戦闘機により924発、火砲により261発、阻塞気球により55発が撃墜され、防御率は42%に達した。この鉄壁の守りはその後もレーダーの導入など強化され、ダイバーベルトと呼ばれる哨戒線が構築されるに到り、防御率は相当に上がっていった。
1944年八月末、400発以上を発射するも連合軍がフランスのパ・ド・カレーにまで進出し、対空連隊155(w)は解隊され、機材は撤退していった。
その後、目標を変えつつ攻撃は続けられたが、やがて防御率は97%にまで達する。これは防禦方の効果と、距離の延長からくる誤差拡大によるところが大きかった。

このような戦歴と性能を持つV1飛行爆弾であるが、戦後イギリスが費用対効果について試算したところ十分実用に足る数値であり、当初の理念が生きていることが実証される。また、コンピュータも無いあの昔にこれだけの精度を大量生産兵器が持ちえたというのは、真に驚くべきことなのである。

※1
英側による調査で2700発中不発はたったの4発。

※2
V1製造工場中最大の物は、オーストリアに近いノルドハウゼンの巨大地下工場、ミッテルヴェルケ(中央工場)。鉱山跡を利用したこれは言うまでもなく空爆対策であり、V2の組み立てや航空エンジン製造にも関わっている。


V1飛行爆弾・性能諸元
全長:7.74m
翼幅:4.00m
最高速度:645km/時
エンジン:アルグスAs014 推力350kg
炸薬量:850s
重量:2200kg



ロンドン上空、V1を迎撃するスピットファイア。翼端でV1の主翼をはねあげ、バランスを崩して撃墜。

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